一章

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 珍しいものではないだろう。双牙はこの通りの性格だし、喧嘩なんて日常茶飯事のはずだ。けれど……何故か、気になった。聞きたいような、聞きたくないような。 ……聞いては、いけないような。  葛藤する悟の様子には気づかない漆黒の瞳は、奏華の方へと向けられていた。 「今の、なんだよ?」 「十種の神宝のひとつ、蜂比礼ですわ」  淡々とした調子で奏華が話している間も、不自然なその傷跡から目を離せないでいた。学校に通っていたころ(それこそ中学生あたりのころの話ではあるが)、同級生だった双牙のことを、実はよく知らない。というのも、双牙は滅多に学校に来なかったからだ。そのくせやけに成績だけはよくて、羨ましかったことを覚えている。面倒臭がりながら受けるテストはほぼ確実に学年十位以内に入るほどで、毎日学校にきて授業を受けている自分がせいぜい真ん中あたりをウロウロしていることに、納得いかなかったものだ。  しかし、成績だけで判断されるわけでもないわけで。素行不良な双牙はよく学年主任の先生に捕まって説教をくらっていた。勿論、そんなもの真面目に聞く双牙ではなく、捕まって五分としないうちに姿を消していたようだけど。  そのほかの噂は大抵暴力絡みだった。やれどこぞの高校生とやりあっただの、どこかの組の人間と一悶着起こしただの、果てには中国マフィアと親交があるだのと、どこまで信じられる話かわからないものだったけれど。  それでも、時々見かける双牙が目立つ存在で、しかもよく怪我をしていたというのは、紛れもない事実だ。  だから、きっと、この傷跡もそういうことなのだろう。  そう、思うのに。 (だって、変だよ)  双牙は、強い。  だからこそ、この傷はあまりに不自然に見える。そう、どちらかというと、むやみやたらに振り回していたものが、偶然あたってしまったかのような。そんな油断を、する相手。  双牙が、油断して。  傷を許してしまう、相手。 (……っ)  自分と重ねてみて、悟はゾクリと背を震わせた。思わずのど元に持ってきた手が、小刻みに震えている。
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