二章

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 『鈴華』の荒い声に顔を上げる。悟が重く痛む体をなんとかずり上げると、反対に悟の上に覆い被さっていた黒い影がずるずると崩れ落ちた。  肩口に、脱色されたライトブラウンの髪。 「い、……ってぇ……」 「---双牙!」  じわじわと濡れていく感触が、肩にある。自分の頬を濡らしたものが、彼のこめかみから流れ落ちる血だと認識するのに、数秒の時間を要した。  震える手で双牙を抱き起こし、戦いに集中している鈴華の邪魔にならぬよう静かに離れる。鈴華から離れすぎず、かつ、目の届く範囲でもっとも安全そうな場所まで肩を貸して歩き、そっと壁に凭れさせる。 「これ、こっちに巻くぞ!」  残念ながら、そう何枚もハンカチを持ち歩くほど、几帳面でも潔癖でもない。腕に巻いていたハンカチを外して、優先順位の高い頭に巻きつける。  にじみ出る紅さに、目が釘付けになる。 「双牙、大丈夫か? 双牙」 「う……」  はっきりと意識を呼び戻され、軽く頭を振る。すぐに、頭ふるな、と悟に怒鳴られた。 「ってぇ。頭ってのはやっぱクルもんだな」  けろっとした顔でそんな暢気なことを言われて、安堵と脱力感がまとめて悟を襲った。  しかし。 「おいっ、そこで座り込んでる暇があったらさっさと走れ!」  式神で敵を牽制している鈴華が、背中で怒鳴る。立ち上がった双牙が悟を促し、走らせる。頭を打った双牙をすぐに走らせるのは躊躇われたが、このままここでじっとしていたら助かるものも助からなくなる。せめて双牙が倒れそうになったらフォローしようと心密かに決めて。双牙に知られたら、余計な世話だと怒られそうだな、と思った。  案外、余裕があるかもしれない。  走りながら、まだ微かに聞こえる鈴の音を探した。 (まだ、聴こえる)  かなり弱くなってしまったけれど、確かに。  自分を待つ、あの音が。 「爆!」  鈴華の命令に応じて、小さな爆発が起こる。それで足止めをしておいて、鈴華も二人を追って走り始めた。しかし、十秒もしないうちに爆発のショックから立ち直った妖が、鈴華を追いかけてくる。 「ちっ」  その妖も、本来あるべき『影』がない。いわゆる式神だった。  十種の神宝の一つ、蛇比礼。 (何で、コレが!)  蛇比礼が何者かによって盗み出されたということは、兄から聞かされていた。
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