二章

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「鏡泉、鏡水、鏡炎」  隆斗が息を吹きかけると札は空中で旋回し、降り立ったのは三つの人影。しかしその下に影はない。  隆斗が命を下そうとした、その声を制したのは、占者の青年だった。 「八雲さま。確かに奏華さまは鬼門へ向かっておりますが、特段凶兆があるわけではありません。ーーーわずかながら、吉兆がみられます。それが、どんな意味を持つのかはまだわかりませんが」  そう言って言葉を区切る青年に試すような視線を投げかけても、彼は気丈にそれを受け止める。決して自分の言葉が偽りではないと、真摯な目が訴えていた。  隆斗も、彼が嘘をつく人間でないことはよく知っている。けれど、凶兆の塊である鬼門へ向かっていながら吉兆が見えるなどという、その矛盾がどうしても信用しきれない。  諦めて峰人を見やり、決断を任せることにする。 「……奏華のためには、どうするのが良いと思いますか」 「このまま見守るのが最良かと存じます」  きっぱりと言い切られ、暫し思案したあと、やや吹っ切れた顔で決断を下した。 「わかりました。貴方を信じます、日計」  総帥の決断は絶対。それは相棒である隆斗にとっても拘束力をもつもので、暗黙の了解でもあった。 「見るだけならいいんだろう。式神を送ってもよいのか」 「はい、構いません」  日計の承認と峰人の了解を得て、隆斗が監視用の、鳥形式神を放つ。一礼して部屋を出て行った日計が置いていった水鏡に、やがて鉛色の空と赤茶けた大地が映りだされ、興味ないフリをしていた峰人が、抑えきれずに水鏡を覗き込む。 (外、だ……)  奏華のことも勿論心配なのだが、今は少し、外への興味のほうが勝ってしまう。久々に見る、屋敷の庭以外の、外の景色だ。どうして興味を持たずにいられようか。  親友の気持ちがわかるだけに、わざと空を旋回させ、様々な景色を、見せられるだけ見せてやりたい、と隆斗は思う。 (峰人……ごめんな……)  こんなことしかしてやれない。  自分の後悔も、懺悔も、同情も、きっと彼には必要ないだろうけれど。  隆斗の呟きは誰にも聞かれることなく、深い胸の奥に閉じ込められた。  やがて、見覚えのある小柄な少女が、水面に映し出された。
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