三章

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 その少女を見た時、鈴華は何故か動くこともできず、彼女を呆然と---ただ呆然と見つめていた。  懐かしい。  深い、心の奥での認識。後ろから追ってくる式神のこともすっかり忘れていた。 「あ……」  見つめる瞳から、敵を映す厳しさは消え、今にも泣き出しそうに揺らぎだす。著しい変化に目を見張る悟を他所に、双牙はすでに臨戦態勢だ。気配を探りながら、すり足で奏華たちのほうへと進む。  長い髪の少女は、小脇に抱えた光をそのままに、空いているほうの手で手招きするような動作をした。 「!」  気づいたのは同時。しかし普段の運動量の違いか、動いたのは双牙の方が早かった。躊躇いもせずに奏華を引き倒し、悟の時と同じように体全体で鈴華を覆い隠す。さっきと違うのは、彼女の小さな体がすっぽりと双牙の影に入ってしまうというところか。  赤茶色の大地の上に転がった二人の上、すれすれを、随分と切れ味の良さそうな剣が通り抜ける。 「双牙! 鈴華ちゃん!」  無言で起き上がった双牙はいかにも不機嫌。何が起きたか把握できていない鈴華に説明ひとつしないまま、早々に体を離す。悟は草薙を右手に持ったまま、慌てて二人の許に駆け寄り、鈴華に手を貸して起き上がらせた。止まりかけていた血が今の反動で再びあふれ出し、双牙の額から頬にかけてを紅い線が彩っていたが、その間も鈴華の視線は少女に縫い付けられていた。  長い髪。細い身体を男物のシャツとパンツで包み隠しているが、豊かな胸のふくらみは隠せない。それから---。  悟たちを見据える鋭い瞳の奥には、昏い炎。誰も近づかせない雰囲気は、どこか双牙と似ている。しかしその動きは、『靜華』や『鈴華』に通ずるものがあった。 「鈴華ちゃん、鈴華ちゃんっ」  肩を掴んで揺すってみるが、反応はない。どうして、と言いたげな顔で。  泣きたくなるほど、懐かしい。
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