三章

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 懐かしい。     ---何が。  懐かしい。     ---どうして。  ゆらり、と持ち上げられた手を目で追って、鈴華は見ているもの全てを否定しようと、強く頭を振った。 「何……だよ……わかんない、わかんないっ……!」 「鈴華ちゃん……!」  遮二無二頭を振り回す鈴華を見ていられなくて、思わず抱きしめる。このままでは彼女がどこかへ連れ去られてしまう気がして、とにかく抱きとめることしかできなかった。 「大丈夫、なんでもない。大丈夫だよ、安心して」  震える身体を、できるだけ優しく抱きしめて、何度も大丈夫、と繰り返す。 「剣借りるぞ!」  鈴華を抱きしめる時に手放した草薙を取り上げて、双牙が二人と少女の間に立ちふさがる。普段ならば素手で相手をするところだが、どうにも今回は相手が悪い。見よう見まねの構えをとり、強く強く、睨みつける。  振り下ろされるだけになっていた彼女の細い腕は、悟たちの行動を見極めるためあげられたままになっていた。三文芝居。変化の乏しい表情から、そんな感想が読み取れる。  彼女の後ろで待っているのは、八握剣の式神。 「--行け」  振り下ろされるのをゴーサインに、式神がスタートを切った。気配も感じられぬ式神が相手とあって、予想以上のやりにくさに唇を歪ませる。せめて気配が読めれば、もう少しマシにやりあうこともできるのに。 「鈴華ちゃん、大丈夫?」  腕の中で震える鈴華を必死で抱きしめる背中に、重い衝撃。喉まで上がった叫び声をかみ殺したら、低い唸り声になった。 「悟!」  悟の背に黒いモノを見つけ、剣を振りかざす。気配に気づいた式神には逃げられたが、圧迫感を失った悟は、それでも鈴華から手を放さずに大きな呼吸を繰り返した。腕の中の鈴華も、少し落ち着いてきたらしい。目を閉じて長い息を吐き出していた。  一度乱れた心音が、また規則正しく鳴りはじめる。自分を包み込む優しさは、幼い頃に感じたぬくもりと同じ。 (にいさま……)  優しい兄。大好きな兄。兄のためになら、なんでもできる。  八雲のためならば、命を懸けて。兄のためになら、存在の全てを懸けて。  闘うことを誓ったからこそ、自分は今、ここにいる。  ---忘れている。多分、何かを。  大切な、何かを。  ざっ、と風を薙ぐ音がした。いつも感じている波動が、少し遠い。  伝わってくる鼓動が、少しずつ速くなっていく。
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