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「まあ、すごく美味しい」
「当然だな」
ぼんやりと目を開けた悟の耳に、そんな会話が聞こえてきた。心底意外そうなソプラノと、自信たっぷりのテノール。
(誰、だっけ……?)
少なくとも、両親ではない。あの人たちは、こんなに打ち解けた話し方をするような人たちではなかったから。
では、一体誰が?
「お。起きたか」
柔らかいテノールが、ふとこちらに振り返る。声は確かに男性のものだけれど、振り返った綺麗な顔はどちらかというと美女寄りだ。空手の得意な、均整のとれた体つきだが、余計な肉がついていない分、悟よりも細いだろうと思われる。
「おい、何ボーっとしてんだよ」
パン!と目の前で手を打ち鳴らされ、ようやく焦点がはっきりする。思わず硬直してしまうような美顔とモロにかち合った悟は大きく目を瞬かせ、声を上げそうになるのをかろうじて堪える。
そんな悟を訝しげに一瞥した双牙は、脱色済の茶色の髪を掻き揚げ、ひどく緩慢な仕草で先ほどまで座っていた石の上へ-奏華の隣へ-移動した。
細身の剣を脇に降ろし、食器を持っているのは、多重人格の(妖)ハンター、滝原奏華だ。
(あ、そっか)
漸くことの次第を理解した悟が、もぞもぞと毛布から這い出て二人の傍へ寄っていく。
以前同じ学校へ通っていた双牙(しかし、話したことは殆どなかったが)と再会したところへ現れた奏華に、殆ど有無を言わせず旅の同行者にされてしまったのだ。
思い出して、小さくため息。無邪気な笑顔を向けられると、こちらの方が悪いことをしているようで、笑い返すしかなくなってしまう。
と、突然目の前にプラスチックのお椀を突き出されて。
「な、なに?」
「メシだよ、メシ」
食うんだろ、と押し付けられたお椀を受け取り、奏華に渡された箸を持って、おずおずと口をつける。
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