三章

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 肉を切り裂く、鈍い音。  鉄臭い、血の匂い。  呻くような、低い悲鳴。  耐え切れなくなってあげた腰が、鋭い叱責に制されて元の位置に収まる。  ……何と言ったの? 「君を、守れってさ」  呟く声が震えていた。  どうしてそんなに辛そうな声を。 「自信がない。どうしたらいいのかわからない。……自分の無力さが嫌になる……!」  吐き捨てるような声とともに緩められた腕の中で、小さく頷く。  どうしたらいいのかわからなくて。  何を忘れているのか、わからなくて。なのに、忘れているという事実だけは、わかるから。  もどかしい想いばかりが身体中を蝕んでいる。  フッ、と体からぬくもりが遠のいた。 「双牙っっ!」  泣きたいくらいのもどかしさを振り切って目を開ければ、最初に見えるのは今まで自分を抱きしめてくれていた悟の背中。その奥に、式神ともみあっている双牙の姿を確認できた。  無数の傷痕がなんのためにできたか、なんて聞くまでもない。  式神になど、対抗する術をもたないはずの双牙が、草薙を掲げて闘っている。  先ほどまで奏華を抱きしめて庇っていた悟の背中は、ぼろぼろになっていた。  傷だらけになって、それでも顔をあげるのは、本当は、それは。  それは、自分の役目ではないのか。 「……何か、できること!」  切羽詰った悟の声に呼応し、無意識のうちに手を胸の前まであげて呪を唱えていた。 「どきなさい!」  激しい音が双牙ともみ合う式神を撃ち落し、その隙に双牙が態勢を立て直して二人のほうへ視線を向けた。否、正しくは、背筋を伸ばしてこちらを見据える、少女の姿を。 「申し訳ありません。あとはわたくしが引き受けますわ」  時代錯誤な言葉遣いは奏華のものだ。あっさりと剣を投げ渡した双牙が、式神とそれを操る敵方を警戒しながら彼女と奏華の、ちょうど中間地点あたりまで下がっていく。何があるかわからない以上、全員が一箇所に集まるのは危険だ。  少女二人がにらみ合う、張り詰めた緊張感に肌を焼かれる。 我知らず腕をさする悟の耳に、澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
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