三章

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(え?)  リン……  冴えた鈴の音を聞き、はじかれたように顔を上げる。音は、少女が抱える、あの木箱から聞こえてくるようだ。  リン…… 「……なあ双牙。勾玉って、鈴みたいな音、するのか?」 「はぁ?」  双牙が訝しげに睨むのとほぼ同時に、奏華が地を蹴って少女との距離を縮める。男性二人を護衛するのは、蜂比礼と品物比礼の式神だ。  耳をつんざく剣戟の音。満身の力を込めて振り下ろしたはずの草薙を、少女は片手で押さえる。その手には、いつの間にか元の形に戻っていた八握剣が握られていた。  皮肉げに吊り上げられた唇は、ぞくりとするほど悩ましい。 「っくう!」  片腕で弾かれ、空中で一回転して見事着地する。その横を、物体として捉えられる何かが走り抜けた。 「ええっ」 「な……」  まず奏華が目を走らせ、次いで双牙が声を上げる。 「その勾玉……っ」  走り出したのは、悟だった。  真っ直ぐに、少女を。  ---正確には彼女が抱えているものを目指して。  止めようとした双牙の腕を退け、あっけに取られる奏華の横を抜け。 「返せよ……っ!」  何の違和感もなく飛び出した単語の、意味を考えることもなく。 (あと少し!)  箱まであと数センチというところまで伸ばした指先が、触れるか触れないかの位置で見えない壁に弾かれてしまった。 「って!」 「---! 奏華っ」 「あ、ハイ!」  姿勢を正して、印を結ぶ。だが、相手のほうが早かった。 「雷光招来、急々如律令!」  少年とも間違えそうな声が呪を唱えると、地面を削るような凄まじい音がして、咄嗟に三人は耳を塞ぐ。その様子を見届けた少女は口端に僅かな笑みを刻ませて、土煙を煙幕かわりに空中へ身を躍らせた。  リィ……ン…… 「あ……」  悲しげな音が遠ざかるのに気づいて姿を追った時には、もう後姿すら見えなくなっていた。 「……聞こえない」  泣き声にも似た、あの鈴の音が。 (あれは、勾玉の?)  しかし、悟の思考は奏華の悲鳴で中断させられた。何事かと振り向くと、もう勝手にしろとそっぽを向いた双牙。当の奏華は土だらけになった洋服を、懸命に払っていた。
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