三章

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「こんなに汚れていては、八雲さまに笑われてしまいますわっ」 「八雲さま?」  初めて逢ったときから何度か耳にしたことのある名前を、疑問符とともに繰り返す。奏華が大分マシになった服から手を放し、座り込んでいる双牙の傍らへ足を運ぶのに続いて、悟も彼らのそばに歩み寄る。さらにその後を、式神二体が続いた。 「八雲さまはわたくしの兄の守護者にして神審者。兄の片腕とも呼べる方ですわ」  巻かれたバンダナを静かに外して傷口を確かめる。式神にやられたにしては、随分とキレイな傷痕だ。呪を受けた様子もないし、この分なら傷痕を残すことなく治せるだろう。 「わたくしの家は代々術者の家系を継いでおります。長い滝原家の歴史の中でも兄の術力は飛びぬけており、八雲さまもまた、生まれながらにして強い術力と審眼をもち、兄のパートナーとして、兄が継いだ『組織』の一員となったのですわ」  軽く血を拭って、布型に戻した蜂比礼を傷口に押し当てる。左手を振ると、悟の脇に立っていた男性型の式神、品物比礼が溶けるように消えてしまった。 「兄は体が弱く、『器』を保つには強い精神力が必要になります。八雲さまは、そういった意味でも兄を支える立場にいる、兄にとってなくてはならない方です。いくら宗主の妹とはいえ、剣を振り回すしか能のないわたくしなどが気安く呼んでいい名前ではないのですけど」  自覚は、ある。  自分にできるのは、精々がこうして闘って役に立つことくらいだ。陰日なたとなり、兄を支える八雲とは、天と地ほどの差があるのだと。  ---ついでにいえば、普通の女の子ができるようなことを、何一つまともにできやしない、ということも……わかっている。  すっかり血が止まり、傷口がなくなったことを確認して、短いため息とともに布を消す。 「八雲さまはわたくしの憧れで、いつか超えたいと願う目標でもあるのですわ」 「目標……」  淡い瞳で繰り返す悟を、白い小鳩がみつめていた。
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