三章

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悟に語る奏華の姿を水鏡に見て、噂の張本人はひどく無愛想に唇をゆがめた。 「……あの馬鹿、いらんことをベラベラと」  前髪をかきあげ、呆れたように隆斗が。クックと抑えた笑い声を睨みつければ、峰人は必死で笑いを堪えようと肩を震わせていた。 「笑い事じゃない」 「あぁ、すみません隆斗。貴方が赤くなるところなど滅多に見られませんから、つい」  言葉としては謝罪だが、口許には笑いの余韻が残っている。事実だけに憮然と口を閉ざして、隆斗はうっすら紅潮した顔を水鏡へと向きなおす。その中で、何やら奏華と双牙が言い合っているのが見て取れた。どうやら動くなと言っているのに、早々と動き出そうとしている双牙を諌めているようだ。間に挟まれた悟にとってはいい迷惑だろうと思われる。  しかしそれも束の間、緊張の連続であった戦闘が終わった安堵からか、三人はつまらない言い合いをしながら楽しそうに笑っていた。 「本当なら---」  ポツリとつむぎだされる言葉。峰人は自愛に満ちた表情で水鏡を-正確には、水鏡に映る奏華の姿を-見つめ、指で水面を弾いた。  水面に波紋が広がり、映し出される姿がゆらゆらと不安定に揺れる。 「奏華は、こんな風に笑っていていいはずなんですよね。私にもっと力があったら、彼女は普通の女の子として生きることができたものを……本当に、私は無力で---残酷な人間です」  自分たちの闇は。  業は、とても深い。  それを二人で背負うことは、とてもとても難しくて苦痛を伴うものだけれど、  逃げるわけにはいかない。  これは罪。  そして罰。  贖罪を求めるために、大事な人を利用して、また罪を抱く。  この罪に。この罰に。  いつか、終わりがくるのだろうか。  いつか、本当に赦される時がくるのだろうか……。 「峰人……」  心配そうな隆斗に、軽く微笑んでみせる。 「私は大丈夫ですよ、隆斗。今の私を否定するつもりはありません。ただ、奏華に何もしてあげられないことが、悲しいだけですから」  微笑んでいるはずの瞳に、力ない光が宿る。今にも壊れてしまいそうな儚い笑みに、胸が潰れそうな想いを抱く。  何もできず、見ているしかなくて。  隆斗にできることといったら、彼が溺愛している愛妹に必要以上の危害が及ばぬよう守ることだけだった。  こんな『力』さえなければ。  (もっと『力』があったなら)  自分さえしっかりしていれば。
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