三章

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いっそのこと、何もできないくらい無力な子供であったなら、何もかも見ないフリで彼女を抱きしめることもできたのだけれど。 『わたくしもお兄様のお役にたちたいのです……!』  そんなことまで言わせてしまった。  この世でたった一人、無条件で愛せる妹に。 「奏華……」  額を押さえて俯く峰人は、本当に苦しそうだ。隆斗はなんと声をかけたものか暫し思案したあと、ほかの二人の方へ話題を切り替えることにした。 「この二人、こっちなんだが」  と指差したのは、未だに奏華と睨みあっている田ヶ崎双牙。誰に対しても礼を欠かない峰人が顔を上げることを期待しての台詞だったが、意に反して彼は一向に顔を上げようとしなかった。仕方ないと見逃すことにして、話を続ける。 「この歳になってまだ『見え』るなんて、修行もしてないのに普通じゃないな。被甲護身の呪をかけてても感受できるんだ、見込みあるぞ。奏華に連絡して勧誘してみるか」  この場合『できる』のではなく『してしまう』のが正しい。 「もう一人の方も、なんだかんだ言って剣の神力に耐えられるだけの力があるんだ、もうちっと鍛えれば十分使えるようになるだろうな」  神器には須らく神力が宿る。何の力ももたない普通の人間ならば、剣に触れようとしただけでも弾き飛ばされてしまうはずだ。悟自身は自分に何の力もないと思い込んでいるようだが、本当に何の力もなければ、草薙の剣にあんなにあっさり触れるはずがない。悟にも、そういった『特異』な力があるのだろう。ただ、奏華や双牙に比べると、少し劣るというだけで。 (劣る、ってのとも違うか)  ぼんやり思う。  多分、根本的な力の質が違うのだ。  奏華や双牙のように、直接それとわかるような力ではなく。  もっと、潜在的なものなのかもしれない。まだはっきりと形になっていないからわからないけれど。 「……そうですね」  低い生返事を返す横顔が痛々しい。  彼はわかっているのだろうか。  奏華が隆斗をあえて憧れの人として見る、本当の意味を。本当に想っている、本当に大事な人は誰なのか。  このままでは、その想いすら意味を失ってしまう。 「……でも、奏華は笑ってるぜ、峰人」  これがぎりぎりの本音。 「大丈夫さ。奏華はお前の自慢の妹だろう」 「隆斗」  緩慢な仕草で、救いを求めるように顔を上げる。隆斗はわざと眼をあわせず、式神から送られてくる映像だけを見つめた。
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