三章

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 揶揄の色を多分に含んだ口調を唇を噛み締めることで聞き流し、美有は身を翻す。その反応が面白いのか、喉奥で笑う男の眼は血に沈んだかのように、紅い。薄ぼんやりとした光を紅い瞳に焼き付けながら片頬を覆い、頬杖をついてうっとりとそれを眺める。  これをどうやって使ってやろうか。  悪戯を仕掛ける子供のように、男は笑う。  遠い遠い昔の。  はるか遠い約束を想い描いて。  それは彼女との、最後の約束。最後の、決別。  彼女を怒らせたのも、傷つけたのも、他の誰でもない、自分なのだから。  遠い昔の自分なのだから。  自分は彼女に憎まれる理由がある。自分は彼女を止める義務がある。  愛していた、美しい人のことを想って。  悲しみとも嘲笑ともつかぬその表情は、淡い光にかき消されていった。
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