終章

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 紅い月には神が宿る。  人の本性に最も近い、破壊と殺戮の神が。  人々は死神を崇め、神という名のスケープゴートを盾に理性という箍を外し、本能のままに殺戮を犯す。  紅い月には、死神が。  ぞわっ……  毛が逆立っているような気がして、思わず腕を擦ってしまう。何の変化もみられない体に、自分で軽く首をひねった。 「どうかしまして?」  奏華に問われて、首を振る。奏華は追求することなく頷いたけれど、寒気はすぐには治まらなかった。悟からの視線も心配げなものだったけれど、面倒なので気づかないふりをした。きっと先ほどのダメージが回復しきっていないのだろう。傷口の治癒は奏華の式神がしたけれど、少し出血が多かったかもしれない。だから、この寒気もきっとそのせいだ。  半ば無理やり自分を納得させて奏華と悟に先を促す。本来ならまだまともに動けるはずのない体を、意地と根性で動かしているようなものなのだから、少々具合が悪くても仕方ない。  開き直ってしまう双牙を、悟は諦め半分で眺める。もう少し休んでいこう、といったのに。立ち上がることさえ億劫そうだったのだ。こうして気丈に歩いていることが奇跡というか、むしろどれだけ負けず嫌いなんだよとつっこむべきか。 (肩貸そうとすればすごい顔で睨むしさ)  せっかくの美形が台無しだと、悲しく思ったことは双牙には秘密だ。知ったらそれこそ本気でぶっ飛ばされるだろうことは想像に難くない。  大きくため息をついたら、隣の奏華に袖を引っ張られた。 「どこかで少し休みましょう。わたくしも兄さまたちに連絡をとりますわ」 「ああ……」  言われて思い出した。  結局、勾玉は奪われてしまった。  相手は女の子一人、こちらは男が二人もいて、さらに三対一だったというのに。 (闘ってたのは、双牙と奏華ちゃんだ)  傷だらけで、それでも立ち上がって。喧嘩っ早くて周りのことなんてどうでもいいという顔をしながら、いつでも最初に動くのは、双牙だ。  小さい体で剣を持って、得体の知れない相手と真正面から対峙するのは、奏華だ。  自分はいつも、足手まといになるばかり。今回だって、後先考えずに走り出して、二人に迷惑をかけてしまった。  どうしてあんなに必死になったのか、今でもわからない。ただどうしても。  どうしても、あの勾玉を手にしたかった。 (呼んでいたから)  なのに、結局持ち去られてしまった。
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