一章

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「……おいしい」  驚いた顔で、悟はそれだけを口にする。奏華の同意を得て、やっと先ほどの会話の意味を理解し、双牙の顔に視線を移した。 「これ、双牙が?」 「悪いか」  多少不機嫌に睨まれて、あわてて首を振る。 「悪くないよ、すごく美味しいし。ただ、なんというか」  物凄く意外で、とは言えなくて黙ってみる。 「しょーがねえだろ。コイツがまともなモン作れねえってんだから」 「わたくし、料理なんてしたことありませんもの」  悪びれずに言い切る奏華は、せっせと手を動かして自分の食器におかわりを盛っている。双牙は双牙で文句を言う気も失せたらしく、短い舌打ちだけを低く響かせた。 「でも、双牙が料理得意だとは知らなかった」  まあ、双牙のこと自体を殆ど知らないのだけど、というところは無視をして。  凄い発見だ、などと笑っていると、視界の端に重なったままの食器が映り、ぐるりと首を動かしてみる。きっちり一人分の、ぜんぜん使った様子のない、綺麗な食器。  悟の分は今、手に持っているし、奏華は言うまでもない。となると残るのは、ほぼ自分の真正面に座る美人さんだけなわけで。 「……食べないのか?」 「あ?」  短く問われて首をひねり、食器を示されて合点がいったと頷く。 「ああ、俺はな。朝はあんまり食う気しねーんだよ」 「-だから、こんなに細いんだ」 「あん? っちょ、悟っ」  ぐい、っと悟に腕を取られて、珍しく双牙が慌てた声を出す。双牙の手首は悟の指がまわり、しかも指が余るという有様。体格差がほとんどないということを差し引いても、双牙が細いことは明らかだ。さして筋肉質ではない悟でさえ、双牙と並ぶと『それなりに逞しい青年』に見えるのだから。これでいて空手の有段者だというのだから、見た目で人を判断してはいけない。 「おい。いい加減放せよ」  憮然とした双牙の声で正気に返り、おとなしく手を放すと、そんなに力を入れたつもりはなかったのに、日焼けしていない白い手首にくっきりと手の跡が残っていた。 「馬鹿力だな、お前」  赤くなった手首を擦りながら、呆れたように口許を少し緩める。
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