終章

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 思わず横顔を盗み見るが、やはりいつもと変わりはないようだ。釈然としない思いを抱きながらも、奏華に意識を戻した。 「でも、今日はこのあたりで休むことにいたしましょう。疲れを癒すのが先決ですわ」  そう締めくくって、少しぬるくなった紅茶に口をつける。流れるような一連の動作に、ぼんやりと見惚れてしまう。  そういえば自分は奏華が『仕事』しているところばかり見ていたように思う。  そんなことを考えたのは、仕事中と普段とのギャップが激しすぎるためだ。  外見的には十分すぎるほど可愛らしいのだし、それなりの格好をすれば深窓の令嬢にも見えよう。本人は特定の人にさえ可愛いと言って貰えればいいのだと言うのだが。  栗色の大きな瞳は印象強い。瞳とお揃いの色をした髪は柔らかく光を反射してとても綺麗だし、自分よりもよほど小さくて白い手は片手で包んでしまえそうだ。この手が剣を振り回すなんて、実際に目にしなければ到底信じられないだろう。何度もこの目で見ている悟でさえ、こうしていると全てが夢のように思えるのだから。  ボーっと眺めていた視線がささやかな胸のふくらみへと到達すると、そのことが脳に伝わるより一瞬早く、椅子ごとひっくり返ってしまっていた。突然のことに点目になる二人は、悟の視線が今までどこにあったのかということに気づいていないようだ。言い訳のしようがない行動をとってしまった悟は、ひっくり返ったときにぶつけた後頭部を擦りながら、二人のあっけに取られた視線を受けて、一言ごめんと謝った。  通り過ぎていく日常、追いすがってくる非日常。  自分は、どちらを望んでいるのだろう。  こうしていることは、日常であるのか、それとも非日常であるのか。  この手が掴むものは、いったい『何』なのか。  ただ、今は。  日常であれ非日常であれ、今はまだ。  このままでいたいと、思う。
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