一章

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 ただ今、津島悟の友人(だと思われる)、田ヶ崎双牙は、道行く人が思わず道を譲ってしまうくらい、不機嫌である。なまじ元が美人なだけに、冷ややかに怒っている様が恐ろしくて仕方ない。悟と奏華は彼から数歩離れて歩きながら、同時に軽いため息をついた。  不機嫌の原因は、数十分前に遡る。  食事を終えた悟たちは野宿の用意を片付け、復興の兆しが見えつつある町へと入ったのだが、町に着いた途端酔っ払いに絡まれた挙句、よりにもよってその酔っ払いが双牙に向かって「綺麗な姉ちゃんだねえ」などと言ったのだ。それだけならまだいい。悟としても仲裁に入れるし、双牙のほうも慣れているのか、一々相手にしていられないと思ったらしく、無視して立ち去ろうとしたのに、なんとも命知らずなことにその酔っ払いが双牙の尻を撫でたから目もあてられない。咄嗟に止める間もなくキレた双牙に半殺しにされ、今頃は道端で衆人環視の的になっていることだろう。  合掌。 (でもなあ……)  前を歩く、姿勢のいい後ろ姿を見ながら、思う。 (実際、美人だしな)  素面の悟が見ても、しみじみとそう思う。多分それが一般論だろう。隣を歩く奏華のことも可愛いと思うのだから、感性がおかしくなっているわけでもないはずだと一人ごちて、悟はもう一度密かなため息をついた。  直後。  苛々と目を光らせていた双牙が、急に真面目な顔で周りに神経を張り巡らせていることに気づいたのは、悟だけではなかった。というより、双牙の変化に気づくより早く、奏華の目つきも厳しいものに変わっていたのだ。  異様な気配を二人より一瞬遅く感じ取り、ハッと上方を仰ぎ見る。 「な……っ」  彼らの頭上、黒い塊になっているのは、無数の蜂の群れだった。さすがにゾッとしないのか、双牙は白い額にじんわりと汗を浮かべている。こんな昼間の街中で術を使うことも躊躇われ、奏華も唇を噛んでいた。  す、と一度群れが引き。 「くるっ!」  悟の声を号令にするかのように、一斉に蜂が襲い掛かってくる。派手な舌打ちを残して、三人で蜂を叩き落していくが、限界があるのは目に見えていた。
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