一章

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「二人とも、こちらへ!」  奏華の声に、まず悟が走り出し、それを追いかけるように蜂を牽制しながら双牙が続く。 「っつ……っ」 「双牙っ?」 「なんでもねえよっ、さっさと走れ!」  つい立ち止まりかけたところへ怒鳴りつけられて、慌ててまた走り出す。  刺されたのではない。針の先が腕を掠っただけなのだが。 (なん、だ、これ……っ)  じくじくと痛む腕を押さえて顔を上げると、そう遠くない前方を走っている悟の背中が霞んで見える。普通の蜂ではないと思ったが、予想が当たったところでまるで嬉しくない話だ。白くなる視界を叱咤しつつ走っていた双牙の腕を、誰かが掴み。 「蜂比礼!」 「……あ?」  膝から力が抜けて座り込んだ双牙の前に踊りでたのは、薄い布をはためかせた少女。彼女が布を振ると、蜂の群れはまるで溶けるように消えていく。ぼんやりとそれを見ている双牙を、ほとんど力技でそこから離すと、悟は大きく息をついた。掴んでいた腕を放すと、蜂を消し終えた少女が一度布の形に戻り、うっすらと血を流す双牙の腕に巻きついたかと思うと、それもまた、空気に溶けるかのように消えてしまった。 「大丈夫か、双牙」 「ん、ああ」  傷口こそ消えないが、もう血も止まっているし、先ほどまでの症状もない。なんとも便利なことだ。  なんとはなしに腕を擦っていた双牙が、傷口をさらすことを嫌ってハンカチ代わりに服を破ろうとするのを押しとめて、ハンカチを取り出して手早く腕に巻きつけていく。悟自身が生傷の絶えない生活を送っていたためか、手際がいい。短く感嘆の口笛を吹く双牙の首元、鎖骨のあたり。顔を上げた時に目に入ったそこに、生々しい傷跡を見つけてしまった。
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