一章 魔の悪い子

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  ワジャ領ヤシロのクイ族組屋敷には、他の組屋敷には見られない特色がひとつあった。組屋敷のすぐ裏に小川が流れていて、幅が人間二人分の身長の小川を凄く重宝にして使っていることである。   このクイ族の屋敷からさほど遠くない北東の方角に、起伏するなだらかな山がある。   小川はその深い懐から流れて下るいくつかの水系の一つで、鬱蒼と生い茂る森を抜け、ひろい田圃を横切って組屋敷にぶつかった後は、再び街から離れて南西に向かう。   末は石手川中流に吸収されるこの流れで、組屋敷の者は物を洗い、汲み上げた水を庭に注ぎ、掃除もする。   この浅い流れは絶えず流れの底の砂や小石、ときには流れを遡る小魚の黒い背までもがはっきりと見ることが出来る。   だから季節の温かい間は、流れの岸に出て、顔を洗う者も珍しくない。   市中を流れる石手川の方は大きな荷舟が往来する大きな川で、帝国の都まで流れる。   ここでも深いところを流れる水面まで石組の道をつけて荷揚げ場が作ってあり、そこで商家の者が物を洗うけれども、土の質のせいか或は市中を流れる間に汚れるのか、たいていは濁っている。そこで顔を洗う者はいなかった。   そういう比較から言えば、顔が洗えるほど綺麗な水を持つクイ族の者達は、ことさら水に関するかぎり天与の恵みを受けていると言っても良かった。   クイ族の者はそのことをことさら外に向いて自慢するような事はないけれど、内心ひそかに天からの恵みなるものを気に入っているのであった。    
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