「時計」

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 はじめに生まれたのは、狂おしいばかりの愛しさだった。次に訪れたのは、目も眩むような幸せだった。  けれど些細な行き違いから、憎しみが生まれた。その思いはみるみるうちに幸せを、愛を、侵食してゆく。毎日のようにぶつけられる怒号、漏れる泣き声、そして諦めの感情。繰り返すほどにすべては灰色に塗りつぶされていった。 「もう、おしまいね」  彼女は言った。冷たい声色は、彼との諍いで生まれた。 「ああ、さよならだ」  彼は答えた。喧嘩するたびにため息をつくのが上手くなった。  床の上には割れたワイングラスと、ぶちまけられたマカダミアナッツ、そしてひびの入った置き時計。赤ワインが毛足の長い絨毯に染み込んで、まるで血のようだ。先ほどまでの取っ組み合いは、痛々しい傷跡を残して終わった。 「鍵は、ポストに入れておくから」  言い残して去っていく彼の靴音を聞きながら、彼女は泣いた。こんなはずじゃなかったのに、と。  はじめに生まれたのは、狂おしいばかりの愛しさだった。次に訪れたのは、目も眩むような幸せだった。  胸に抱いた時計はもう動かない。  二人の時間もまた、永遠に。
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