20人が本棚に入れています
本棚に追加
井上はすぐに戻ってきた。
「はい。」
女性の前に2つ、ペットボトルが並べられた。
「ありがとう。」
ボソリと呟いた。
「感謝した。ありがとうって言った!」
「そ、それがどうしたんだよ。礼言ってなんか文句でもあんのか?」
「いや、べ、別に。」
井上はなんとなくニコニコしていた。
「今日、会社はどないしてん?」
「休み。別に休みがあってもなんもする事無いんやけどな。」
「そうなんや。どこの会社行ってるん?」
「不動産。でもそないに大したとことちゃうし、俺がやってるんは接客ちゃうし。なんせ、まだ一年目やもん。」
「そうなんや。」
「…あれ?」
井上がずっと止めることなかった箸をピタリと止めた。
「関西弁話してるん?」
「今ごろ?」
女性はクスリと笑って見せた。
「やっと笑ってくれた。今までずっとしかめっ面のままやったから。」
井上は本当に嬉しそうだった。
女性も笑顔が少しずつではあるが、見えてきた。
しかし、次の瞬間、思いがけないことが起きた。
「危ない!」
井上は女性の手によって押し倒された。
「いった…。何が起きたん?」
あまりに急な出来事に井上が辺りを見回してみると、井上の目の前には女性の腕、一本の白い針が刺さっていた。
「え、本間に?」
井上は今、目の前で起きていることがどうなっているか分からなかった。
「だ、大丈夫?」
井上が手を出すと、あの時の冷たい視線で井上を睨み付けた。
「来るな!死にたくなけりゃ帰れ!」
女性は刺さった針を無理やり抜くと、黒いコートを脱ぎ始めた。
そこには白い腕に赤々とした血が滴っている。
女性は歯を食い縛りながら、腕を抱え込んでいる。
「さっさと消え失せろ!」
冷たい視線は涙ながらに睨んでいる。
「無理や。このままここにほって置けへん。」
井上はハンカチで傷を軽く縛ると、怪我をしてない方の腕を強く握りしめて走っていった。井上の家に向かって。
最初のコメントを投稿しよう!