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…♪~…♪~♪~…
女は、狐の面を頭の右側に被り、その笛を吹いていた。
秋のそよ風に乗り、笛の音色が月夜の焼け野原に響く。
ザッ…ザッ…
音色に混じり、血で黒ずんだ土を踏む女の足音が響く。
そこは戦場だった場所。
死臭と死体に溢れる、黒と灰色と赤の世界。
風に揺らぐ黒髪と、
巫女衣装の袂。
その瞳は、哀しげに歪み…
「そこで止まれ。」
ザッ…
巫女が足を止めると同時に、笛の音も止んだ。
「巫女が…そこで何をしておる…」
右目を眼帯で塞いだ、若い侍が巫女に刀を向けていた。
「…哀しい…」
「何…?」
巫女は、表情を変えずに続ける。
「枯れた葉は…戻らない…秋に散る紅葉のように…」
侍は、巫女にゆっくりと近付いて行く。
「何処の巫女だ。」
「…この戦に、意味などあるのでしょうか…若様…」
侍の足が止まった。
「…命は、すべてに一つ…ここで死んだ兵にも、若様にも。」
「…俺を知ってるのか…」
「存じております。」
「…父上の手の者か?」
「いいえ。私は、私の思う所があり、若様の元へ参りました。」
「…名は?」
「楓と申します。」
「楓…」
ブォッ
その時、一陣の木枯らしが吹いた。
侍は舞い上がる土埃に目を庇ったが、楓は動じる事もなく、木枯らしの吹き去った方向を見つめていた。
変わらない、哀しい目で。
ふと、侍は楓が手にしている笛が気になった。
「…その笛は?」
「…これは…『紅葉』。若様もその名をご存知かと…」
「それが…名笛『紅葉』…!!」
侍は驚いていた。
差し出された笛の、歌口(※1)部分には、紅葉が彫られてあった。
篠笛(※2)かと思ったが、どうやら龍笛(※3)らしい。
先程の音色を考えても、名笛と言わせしめるものはある。
「まさか、このような場で手に取る事があるとは…なんと美しい…しかし、何故お前が…?」
「…それにはお答え出来ませぬ。」
「…そうか…今一度、その音色を聴きたい。」
「御意に…」
侍から『紅葉』を受け取ると、楓は先程の続きを吹き始めた。
♪~…♪~♪~…
木枯らしが時折吹き荒び、その風に音色は乗り、山々へと響く。
※1
歌口…マウスピースのこと。息を吹き入れる穴。
※2
篠笛…祭囃子などに使われる笛。
※3
龍笛…雅楽に使われる笛。
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