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源博雅は笛を吹き歩いていた。
梅雨が明けぬか、明けたか、そんな季節の下弦の月夜のこと。
宿直所(とのいどころ※1)で同僚と飲んだ後だったが、美しい夜と、程よい湿気に誘われるようにして出て来たのだ。
自作の笛、『朝影』を吹き歩き、朱雀門へやって来ていた。
元来より、美しいものに目がない博雅なので、その夜も朱雀門と月夜の美しさに感激し、一曲吹き始めた。
そうして、その美しさにうっとりとした頃のこと。
博雅の笛に合わせて、誰かが朱雀門の梁の上で笛を吹き出した。
博雅はすぐに気付いたが、尚更美しくなるその情景に、誰何(すいか※2)しようにも、あまりの凄さに音色に夢中になり吹いていた。
『蘇合香』が吹き終わった後、博雅は梁の上の人物に名を尋ねたが、その者は答えることもなく『秋風楽』を吹き始めた。
それは透けるように透明で、聞いている博雅の心が無垢になっていくような音色だった。
妖しげな演奏が終わった後、博雅は再び梁の上の人物に名を問いかけた。
だか、やはりかの者は答えず、朱雀門を通り抜け、朱雀大路の方へ飛び出てしまった。
見れば、その者はまだ元服前の童(わらわ)だった。宿直所に居る誰かの小舎童(こどねりわらわ※3)だろうか。
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