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結局母さんの方で引っ越し業者を雇い、こちらに荷物を取りに来る事となり。翌日、その業者はやって来た。
母さんが来るのは想像していたが、まさか父さんが仕事を休んでまで来るなんて、思ってもみなかった。
「これが最後かもしれないだろ……」
寂しそうに父さんが笑い、僕の荷物を運びはじめた。
男親なんてこんなもんだよな。と納得し、僕たちは黙々と荷物を運んだ。
そうして必要な物だけをとりあえず残した何もないがらんどうの部屋は、無駄に広くて居心地が悪い。
「辞退は……出来ないのか?」
父さんの静かな言葉に僕は、首のリングを指差した。
「逃げたり拒否したら爆発するってさ」
「……そんな」
信じられないという表情を浮かべた父さんは、それきり押し黙ってしまう。
引っ越し業者の人には悪かったけど、僕たちは数年ぶりに家族団欒の食事。安い出前のお寿司。引っ越し業者の方々にもお裾分け。
交わす言葉は無かったけれど、それでも僕は救われた。僕は少し涙が出そうになる。勿論わさびが目に染みたんだ、そういう事にして欲しい。
別れの瞬間は意外とあっさりとした物で、お互いに「お元気で」と交わしたきり。他に何か言いたかった気もするけれど、言葉に出したら他にも何かが溢れてしまいそうで、怖かったんだ。
遠ざかるテールライトを僕はそれを見つめ、見えなくなると踵を返し部屋へと戻った。
*
それから僕は何をしていたかというと、何もしていなかった。
あらゆる事が手に付かず、日々不安に体を蝕まれていく。
本当なら渡された紙に書かれた様々な事項に、しっかりと目を通すなりしなければならないのだろうけど、とてもそんな気にはなれず、紙飛行機となったそれは、僕から一番遠い部屋の隅に落ちている。
そして今日は約束の日。
手元に残った荷物も整理され、バッグに積められた。
昼をまわるかという時刻に彼らはやって来た。蛇面の政府の役人。
「お迎えに上がりました」
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