其の壱

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数秒の逡巡の後、時勝はしっかりとそれを両手に収めた。 深呼吸して、振りかぶる。 それが自分の望みを叶えると信じて。 「行っっけぇぇぇ!!」 気合一閃。 空を切るだけのはずの一撃は、文字通りに空間を斬り裂いた。 「う、そ……できちゃった」 裂けた空間の奥に広がる、別の空間。 それに感動するのも束の間、その痕は端から徐々に修復を始める。時勝は慌てて隙間から別次元へ飛び込んだ。 「うわ……」 そこは、森の中。見慣れているようで、若干植生が異なることから推測するに、時勝がいた場所よりも南といったところか。 「っと!」 感慨に耽る暇はない。はっきりと近付いた鉄の匂いと気配に、時勝は周囲を警戒しながら先へ歩を進めた。 「…………え?」 気配の元にたどり着いての第一声。 長い長い、長すぎる沈黙のあと、時勝は消え入りそうな声で呟いた。 「半、獣人?」 「せやな」 不意に降ってくる杳冥の声。時勝の隣に舞い降りた彼は《彼》を見下ろしながらくすくす笑った。 「ほぉほぉこれまた。さすがあの姐さんチョイス。つか何してん自分」 「いや何してんて」 「ちゃっちゃか治したりぃな」 今何言いやがりましたかこの男。 ――と内心で罵ったのが通じたのか、杳冥は涼しい顔で先を続けた。心なしか、不機嫌さの漂う口調で。 「ワイが今まで仕込んだんムダにしよるつもりかこの童(わっぱ)」 「あの、え「御託はえぇ、やることやらんかい」 理解できずに固まった時勝を、ついに杳冥が張り倒した。おまけとばかりに吠える。 「《刻を巻け》言うとるんや、理解せぇ空気読めこのダボがぁ!」 一度地面とお友達になった時勝だが、杳冥の微かな異変に気付いて顔だけを持ち上げ尋ねる。 「疲れてますね?」 「わかっとんなら要らん手間かけさすな」 気取られたのが気に入らなかったのか更に機嫌を悪くする杳冥を放置して、今は白い虎に姿を変えて眠る青年に手を伸ばした。 (怖い……) 攻撃の力ではないものを敵ではない他人に向けるのは初めてで、否応なく緊張する。 「落ち着き、あんさんはやればできる子や」 柔らかなバリトンが時勝を包む。やがて発動した力は何事もなく《彼》を落ち着かせた。 「よぉやった、偉いで」 頭を撫でられ、ようやく時勝は息を吐き出した。     
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