其の壱

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「え」 のそり、と起き上がった《彼》は大きな欠伸をしてじいっと時勝を見た。 べろり、と顔を舐められる。反応に困っていると、再び口が開いて今度は言葉が紡がれた。 「ありがにゃ」 (にゃ?!) 声に反する可愛い言種に軽く目眩を覚える。 (可愛い……!!) 状況もそっちのけで抱きしめてもいいだろうかと半ば本気で考えたところに杳冥の怒号が飛んだ。 「ボケてんなやこのアホゥ!!」 「《黄玉》……ここで潰す」 ほぼ同時に飛んでくる氷塊を、空間転移でかわす。印を切って相手の時間を縛ろうとするが、数秒で振り切られた。 「貴様!」 屈辱に歪んだ顔が一瞬で時勝に迫る。 しかしそれが到達するよりも早く、白が時勝の視界を塞いだ。 「よくやったにゃ。……あとはオレがやる」 ごっ、と鈍い音。 頭部を庇うように持ち上げた両腕の隙間から白い袍がふわりとはためき、その向こうから東洋的な顔立ちが露わになった。 「お前が助けてくれたんだよな、ありがとう」 整った顔が柔らかい笑みを浮かべ、とっさに時勝はぱっと顔を赤らめ俯いてしまう。 その間に《彼》は戦闘態勢を整え、さしたる構えもせずに蹴り込んだ相手を睨みつけた。 「覚悟、決めろよ?」 頭の上で虎耳がぴょこんと揺れたのが最後。《彼》は時勝が捉えられない攻撃速度で敵を薙ぎ倒した。 「オレはこっちの坊主より場数踏んでんだ、甘く見んな」 傲然(ごうぜん)ささえ感じる声が更に緊張感を加速させる。 「人間風情が!」 「残念だけど、半獣人。わかる?」 強烈な左ストレート。かわされてカウンターで喰らったのは右半月蹴り。それを片腕でガードして半ば強引に押し返す。 そして、伸びきった相手の足の膝辺りを掴んで――《引きちぎった》。 「な……?!」 「さすが白虎、破壊力抜群やん」 話にしか聞いたことのない半獣人の戦闘能力に、言葉を失う。肉食獣を半身に宿すものはとりわけ力が強いというが、まさに想像以上だ。 「っ!!」 光景のエグさに、吐き気が押し寄せ背を向ける。 「今はええ、でもあんさんにもこんだけの力があることは理解しとき」 手厳しい言葉に、吐きながらも頷く。 「さて、ぼちぼち潮時か」 片脚を失っても引き下がる気のない相手とあくまで容赦するつもりのない白虎が激しくぶつかり合う。杳冥は典雅に一歩踏み出した。      
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