其の壱

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「さて、と」 時勝は、ぱんぱんと手の埃を払いながら呟いた。 上着の袖を元に戻し、大きく伸びを一つ。それから足下に散らばる木片をまとめて袋に詰め込んだ。 「今日はこの辺にしておこうかな」 ひょいと右肩に袋を引っ掛け軽快なリズムで山を下っていく。道すがら、唯一懐にしまっておいた物を取り出し顔を寄せて匂いを楽しむ。 「うん、これが一番」 ふわりと漂うのは白檀の薫り。白檀は、時勝のお気に入りだ。 鼻歌混じりに歩を進め――その足が不意に止まった。何かが見えたりしたわけではない。ただの、直感。 防衛本能が、高らかに警鐘を鳴らす。未知の存在(モノ)への恐怖が、時勝をその場に繋ぎ止めていた。 「な、何?」 ばさり、という音と共に舞い降りたのは、鷹。獰猛な空気を隠そうともしないそれは、鋭く時勝を貫いた。 途端に背中を走る戦慄。考えるよりも早く、時勝はその場から大きく横に飛び退いていた。 「その生命貰い受けるぞ、小僧」 果たしてその言葉と動きはどちらが速かったのか。そのまま立っていれば確実に頭を抉られたであろう状況にも関わらず、時勝はまじまじと鷹を見つめた。――もちろん、自分を庇うことは忘れないで。 「半、獣人……?」 疑問を口にすれば、彼(声から察するに男性と思われる)は眉を寄せた――気がする。実際鷹にそんなことはできないのだが。 「そんなものと我を一緒にするな」 瞬きより早く、姿が変わる。鷹から、ヒトへ。 否、ヒトではない。恐らく半獣人でもない。異次元レベルの空気をこいつは纏っている。 そして、圧倒的なその顔立ち。異常な顔の整い方は人間のそれではない。 それらを認識したのと同時に、時勝の全身は恐怖に支配された。 「……っあ……」 動かない。動けない。畏れという見えない鎖が、しゃがみ込んだ時勝を雁字搦(がんじがら)めに縛り付ける。 「貴様の中のそれは、在るべきではない」 こちらに向けられる指。それが心の蔵を狙っている。 「やめ……!!」 こんなところで死にたくない。それは、強い願い。意志。 絶対の、命令。 「な……っ!」 半瞬の後に驚愕の声を上げたのは、相手の方。 意志に反して、時勝の目の前で攻撃が止まっているから。 「何、で「見つけた」 呆気に取られる時勝と男の間に割り込むように、漆黒が飛び込んできた。    
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