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「ぐっ……ぅぅ」
女は自分の喉笛に噛みついている男に目をやった。
揺れる灯りが、女の目に初めてその男の顔を照らしだす。
「ひ……ひぃ!」
男の顔は…黒ずみ、乾いた肌が、皺だらけのまま骨に張り付いているようだった。
女が悲鳴を挙げようとした瞬間、女の喉笛は噛み切られていた。
辺りには真っ赤な鮮血が飛び散り、男の体を朱に染める。
「それでいい……」
部屋の片隅で、事の次第を見続けた人影が呟く。
「喰らえ……もっともっと喰らえ……もっと欲しい……誰にも譲らぬ……己が……己より優れた者は許さぬ……それでいい……。その醜い底知れぬ欲こそが、妄執……それでこそ王……。しかし、なんと言う皮肉。この大陸でもっとも高き地位にあろうと言う方が……もっとも深き欲を持っているとは……。その欲は決して満たされない……だからこそ……くっくっくっ」
影は笑うように息を吐き続けた。
―プロローグ(完)―
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