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数杯ショートカクテルを飲んだ頃から、叉酔いが回り心地よくなってきた。いつのまにか彼との距離が縮まっている。椅子を移動したわけでもないのだが……
彼の靴先とヒールの先が当たっている。少し気になったが、そのままにしておいた。不思議な感覚だが、触れ合った部分から彼の吐息が伝わってくるようなかすかな刺激が走る。彼が時折、振り返るように私を見る視線が気になってきた。彼の方へ向けて脚が流れていて、スカートがかなり膝上まで上がってきている。スカートの裾を掴み少し下に引っ張ろうとした時、自然な感じで彼の掌が私の手に重ねられた。
一瞬払いのけようとも思ったが、誘惑に勝てないもう一人の自分がいる。彼の指先が絡みつくように、私の指の間に入り込む。そして、ストッキングの上からではあったが、流れるジャズに合わせて、戯れるように彼は指でリズムを取り始めた。
後になって思ったが、あの瞬間から彼の執拗な愛撫は始まっていたのだ。
彼の指先からジャズのリズムが素肌に沁みこんでくるような奇妙な快感が広がっていく。彼はほとんど無言のままで、カーブを描いている窓ガラスの向こうを見ている。触れるか触れないかのタッチが次第にもどかしくなってきた。じらされているような感覚に包まれる。
切り取られた窓が濡れ始めた。雨粒が幾筋か伝い落ちてくる。鏡のような闇が広がり街の灯りが遠のいていく。少し意識が朦朧としてきた。お酒のせいだけじゃない。媚薬の漂うような空間に支配されて、わずかに残っている歯止めが消え去ろうとしている。
――私も濡れていた。
「少し、酔ったみたいだね。大丈夫?」
彼が私の耳元で囁く。そうさせたのは、誰?
「出ようか」
彼はスタッフにチェックの合図をした。
『此処を出てどうするの?』心の中で彼に問いかける。言葉にはならない何かが、私を駆り立てていた。
椅子から立ち上がろうとした時、少しよろめいた私の体を彼が支えるように引き寄せた。そして、腰に手を回して私をかばうようにエレベーターに乗りこむ。このまま下まで降りて帰るのだろうか、それとも……
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