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一時間ほどで演奏が終わり、それにあわせて食事も食べ終わる。周囲のテーブルの客も少しずつ席を立ち始めた。彼が時間を確かめた後、夜景の見えるバーへ移動しようと言ってきた。
ワインのせいだろうか…… 体が火照っている。少し酔ったのかもしれない。お酒は嫌いじゃないし、もう少し彼と一緒にいたい。
彼は下に降りると少し離れた場所にあるからとタクシーを止めた。心の隅で警報が鳴っている。それでも流れには逆らえず、彼に従った。タクシーは五分ほど走ると、JR駅近くのホテルの前で停車した。数年前にできたシティホテルで最上階にバーがあり、市内の夜景が展望できてデートスポットになっているとタウン誌で読んだ事がある。
でも、バーの階下はホテル…… 抵抗感はあるが拒めない自分もいる。カクテルを飲みながら夜景を楽しむ、ただそれだけのことだと、心の中で呟く。
左隅のカウンターに座った。彼は私の右側だから、一瞬閉じ込められたような錯覚に陥る。考えすぎだと自分に言い聞かせた。
バーテンダーは女性だった。何故か安心感を覚える。マティニを彼がオーダーしたので、私も同じものをと彼に言った。タクシーを降りた辺りから、少し酔いが醒めてきている。これぐらいなら自分を見失う事はない、その時はそう思ったのだが……
彼との話は尽きなかった。掲示板で出逢った頃の事、彼の小説の話、映画や音楽の話など、饒舌に語り私を楽しませてくれる。時折、彼の横顔が視界に入ってくる。長い睫とシャープな顎のラインが美しい。男性を見て美しいなどと感じたのは初めてだった。
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