1、電車

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 窓の外から視線をはずして、私はドアの隣の席を見やる。離れた私の席からはシートに邪魔されて、はねた髪の先しか見えない。  直す時間がなかった、と今朝大輝は言った。五時に家を出なければ始業に間に合わないのだ。それなのに今朝は寝坊してしまったらしい。  大輝は今、何をしているのだろうか。ふと、思った。  はねた髪が、上下に揺れている。眠っているのかもしれない。  車内に二人きり、しかも他人ではないというのにお互い黙っていることに耐えきれなくて、私は通路を挟んで大輝と向かい合う席に移った。 「ねえ」  寝ていたのなら起こすつもりで、私は大輝に声をかける。 「大輝ってば」 「何だよ」  大輝は起きていた。銀色の手すりに寄りかかっていただけだった。
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