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センナは結局、ゴーストの話を一言も聞かなかった。
……いや、ゴーストはセンナが竜牙と共にお風呂に入ろうとした時にもう話は止めたのだが。
「……―少女の紅茶遊戯―……もう使わないってあの時決めた筈なのに、な……」
話は止めても、ゴーストの心は過去を映し出した。
ゴーストは一旦―少女の紅茶遊戯―の中にテーブルと椅子、ティーセットを戻すと、男子寮の屋上へと向かった。
センナは今頃いつも通り、竜牙の布団の中に潜り込んで眠っているだろう。
リリアの娘、センナは奇妙な運命だが竜華の息子、竜牙に想いを寄せていた。
竜華とはあのオルガロスの街で最後だ。
竜牙の父親は一体誰なのだろうと一瞬気になったがどうでも良かった。
今夜は満月だ。
夜空に浮かぶ満月にゴーストは目を向ける。
そしてあの日届かなかった想いを彼女に届けるのだ。
もう届かない事は分かっている。虚しくなるが、哀しいかなやらずにはいられない。
「……リリア。お前が生きている時に伝えられなかった事が、俺の胸を締め付けるんだ……―皇女の鎖―なんて目じゃねぇよ……」
後悔は消えない。
いくら時が経とうとも、いくら想いを毎晩月に届けようとも。
後悔は消えてくれない。
「いつまでも引きずってちゃ駄目なのは俺だって分かってるさ……ちゃんとアンセンナを見守らないとな」
幽霊は満月が嫌いだった。
でもそれは過去の話。
幽霊は満月が好きだった。
それも過去の話。
幽霊はこれから──……
「これから……どうなるんだろうな?先の事は分からねぇよ。気に入らねぇ事にな。
でも月は変わらない。
それだって厳密には変わらないとは言えないが、急に消えるのかも知れないが俺が生きてるうちは変わらないでくれよ。
お前が変わらないで俺の中に居てくれるから、俺はこうして紅茶が飲めるんだからな……」
──幽霊は満月とこれからも一緒に紅茶を飲んで遊ぶ。
願わくばそんな未来が待っていて欲しかった。
「もう嫌いだった満月はいないけどな……気に入らねぇ」
今は小さな星を見守るのがゴーストの役目だ。
ゴーストは今日も満月と紅茶を飲む。
そうして、夜は明けて行くのだった。
完。
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