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と言って礼司はバックミラー越しに女性と目を合わせた。
「出演ですか?」
「いいえ、オーディションなんです。一時からなんですが、間に合いますよね」
「はい、大丈夫ですよ。まだ40分ありますから」
「すみません」
そう言って女性は化粧を直し始めた。しばらく山手通りを走っていると、突然、礼司は女性に話しかけた。
「ちょっといいですか?」
「はい?」
女性はコンパクトの手を下ろした。
「北海道の方ですよね」
「えっ、どうして? なまっています?」
「いいえ、そんな事ないですよ。勘です。ただの勘です」
「すごいですね、そんなのわかりますか」
「あははっ、まあね」
礼司が照れくさそうにしていると、女性が話し始めた。
「私、女優になりたくて両親の反対を押し切って旭川から出てきたんです。
でもいつまで経ってもうまく行かなくて、プロダクションとの契約も今日だめだったら切られてしまいそうなんです」
「大変でしたね」
「ええ。それに、去年私の事を応援してくれていた祖母も亡くなって……」
激しい雨が叩きつける窓を見ていた女性の瞳が潤み始めていた。
「なるほど」
と礼司は囁いた。
「はい? 何か言いました?」
「あのー、よかったらこれを」
礼司は助手席にあった小石を左手で渡した。
「あっ、懐かしい」
女性は手のひらに乗せた瞬間に言った。
「十勝石。私いつもお守りにしていたの。ああ忘れていたこの感触」
彼女は手の平でなでて暖かさを感じていた。
「そうですか。どうぞ持っていってください」
「いいんですか?」
「はい、あなたの役に立てば」
車は井の頭通りを右に入り、NHKの入り口に着いた。礼司は振り返って言った。
「2100円になります」
「ありがとうございます。おかげで間に合いました」
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