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「どうした泉霧?」
ふと花子さんに語りかけられた。
「ん?」
少々、深く思考していたせいか話を聞いていなかった。
「まったく何をボケっとしているのだ」
「花子の美しさに見とれてな」
「残念だが私は獅子学“高校”の妻だ。それとも貴様は人妻に萌えるのか?」
「人妻じゃなくて物妻だろうが」
「細かい事は気にするな。禿げるぞ」
「はいはい」
と彼女の冗談を簡単にあしらって新しいコーヒーのおかわりを淹れる。
「で、何の話だ?」
「桜だよ。お前も知ってるだろう。神寺の神桜」
そこまで聞いてピンと来る。
「あぁ、あれだろ?“陽桜”(ひざくら)と“月桜”(つきざくら)、そういやそろそろ花見の時期だな」
神桜(かみざくら)と言うのは神寺(かみでら)にある二つの巨大な桜の木の事だ。
神桜は名の通り神が宿っている桜のことで四季の始まりと終わりに花を咲かせ、その下で大規模な花見を開くのが、怪奇達の恒例行事となっている。【俺】や祖父(怪奇が見えるようになってからは他の住民)も近所の怪奇達に混ざってご馳走を食い、酒を飲むのが四季の決まりごとになっていた。
神桜には陽桜と月桜の二つがあり、それぞれ陽嶺(ようれい)と月嶺(げつれい)と言う双子の女神が宿っている。
陽嶺の宿る陽桜は黄金の花を咲かせ、月嶺の宿る月桜は白銀の花を咲かせる。
それは正に神域の芸術。
美しいと言う言葉すら、桜を飾る言葉にならず。ただただ見とれ、放心し、この世の些事を忘れ、ただ飲み明かし、喰い明かす。
この世の如何なる娯楽すら凌駕する至福。だが花子さんの言いたいのはそうでは無いらしい。
「花見は確かに重要だが、その桜が妙らしい」
「と言うと?」
「詳しくは陽嶺と月嶺に話を聞いてくれ。今日の夜に会いたいそうだ」
「わかった。じゃあ夜に会いに行って来るよ」
「頼むぞ。花見に影響が出るのは私もイヤだからな」
そう言って花子さんは荷物をまとめる。
【俺】も時計を確認して後片付けを始める。
そろそろ閉店の時間だ。
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