-影ノ桜-

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歩いてきっちり十五分で神寺入り口に着いた。だが目的地はここではない。 山の入り口からほど近い場所に建てられている神寺。その先の先にある桜の場所まで行かなければならない。 朱塗りではない、白磁の鳥居が幾重にも立ち並び、来訪者を奥へ奥へといざなう。 【俺】はゆっくりと奥へ進む。 少し歩けばすぐに本殿が見えてくる。木造の、がっしりとした造りの本殿。 神“寺”とは言うが、実際は神社に近い。 厳密には神社と寺が同じ敷地内に存在しているのだ。 ここには神社しか無いが、ここから山の奥に行けば寺院もきちんと存在している。 寂れ、廃れ、誰も使わなくなった墓地と寺。 人はそれを忘れたが【俺】と祖父は違う。 とは言っても【俺】が行かなくなって久しい。ここ数年、あの崩れかけのボロ寺と荒れ果てた墓地を見ることは無くなった。 今やあそこを訪れるのは祖父だけだ。 陽桜と月桜の場所は寺に行く道の途中から別れる山道を通る。 足場は不安定だが、しっかりとした歩みで山道を走破する。 神宮山(じんぐうさん)は神寺の神主が代々受け継ぐ立派な山だ。草木は四季折々の姿を見せ、住み着いた動物達が飢えることも無い平和な土地。 徐々に澄んでいく空気を肺で味わいながら、【俺】は一息で駆け抜ける。 不安定な山道を、ペース配分も何も無い全力疾走で駆け抜ける。 清浄な酸素を肺に取り込み、二酸化炭素を吐き出す。肺は潤い全身に力が満ちる。 さらに加速。 祖父を含めた近所の住民達が二時間以上もかけて歩く道を【俺】は駆けた。 地面だけではなく、太い木々の幹や枝までも足場にして駆け抜ける。 怪奇と戦闘を可能にする身体能力の高さを伺う事の出来るその走りはわずか十分足らずで駆け抜けた。 正確には 「七分三十二秒。また二分ほど世界を縮めた」 淡々とした酷薄な声。 「相も変わらず怖気が走るわね。これで“普通”の人間なのだから」 嫌悪と憧憬と畏怖を含めた声。 森に囲まれながら開けた広場にて、一度聞けば向こう数十年と残る神域の美声が出迎えてくれた。 「やあ、陽嶺に月嶺。久しぶり」 中心と思わしき場所に立つは大樹。樹齢万年を感じさせる太い幹の樹木が二つ。絡み合い、螺旋を形作りながら天高くそびえている。 そしてその根元に二人。 双子の女神が待っていた。
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