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それほど待たずに大樹は更衣室に戻ってくる。
「すんません」と頭を下げ、大樹はスポーツバッグを肩にかけた。
「一旦家に戻らなきゃいけないんすよ。だから、三時ぐらいとかでも良いっすか?」
「わざわざ出てきてもらうほどのものじゃないんだが……。それなら、次の稽古日に持ってくるか」
「それこそ悪いっすよ」
大樹は苦笑しながらこめかみに指先を当てる。なにか考え込むとき、彼はよくそうしている。
少し間を置いて、「知らせてあるし」そう呟いて大樹は笑った。
「じゃあお言葉に甘えて、お邪魔させていただきます」
「良いのか?」
「大丈夫っすよ」
「だけど」そう言った幸春の言葉を制するように、大樹は右手をひらりと上げて、笑みを浮かべる。
「ホント、大丈夫すから」
もともと言い出したのは幸春である。大樹にそうはっきり言われれば、これ以上の言葉は必要ない。
幸春はバッグを持ち直し、更衣室の出口に歩き始める。
「なんかかえって悪かったな」
「良いんすよ。――ああ、ちょとすみません」
歩きながら、大樹は携帯を触り始める。幸春の幼馴染、東間圭吾(あずまけいご)も同じように携帯を触っていることがある。だからメールをしているのだろうと察しはついた。
携帯電話。興味がないわけではないが、幸春には手に取り難いものだ。支払いができないという理由もあるが、何故か倦厭してしまう。
メールを打ち終えたのか、大樹はバッグの外ポケットに携帯を放り込む。
「遠藤さんは携帯持ってないんすよね」
「便利なんだとは思うけど、苦手なんだよな」
「パソコンとかは? 授業以外じゃ使わないんすか?」
「姉貴のパソコンを偶に使うぐらいか。……多分、機械が苦手なのかもな」
「東間さんに教えてもらえば良いじゃないすか」
幸春は隣を歩く大樹を見つめる。大樹のほうが僅かに目線が高い。
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