ひそひそ

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 肩を抱かれ、至近距離で、その顔には手。誰がどう見ても可笑しな光景である。  背後で噴出し、それでも笑いを懸命に抑えている後輩を誰が責められようか。 「悪い」  呟いて、圭吾の腕から抜け出す。彼は僅かに瞠目していたが、すぐに笑顔を浮かべて見せた。 「もうユキちゃんてば、いきなりひどいよう」 「だから悪かったって。ところでお前、バイトはどうしたんだ?」 「今日は午前中だけだったの」  嘘だ。そう咄嗟に思ったが、幸春は微苦笑するだけでなにも言わなかった。  大樹のメールの相手は圭吾だったのだと、幸春はなんとなく察した。  どういう理由かまではわからないが、圭吾は大樹と必要以上に親しくなるのを厭っている。 「待たせて悪い。あがってくれ」  門前に立たせたままの大樹に振り返り、玄関を開けて中に招く。  彼の視線がちらりと圭吾を見て、少し、困ったように笑みを歪めるのが見えた。 「……どうぞ?」  玄関の前で立ち塞がっていた圭吾が、あまり見ない、はりついたような笑みを浮かべて後退する。やはりそれにも、大樹は笑みを歪めていた。 「すんません」  頭を下げて入ってきた大樹に階段を指差して、「部屋は二階だから」と上がるように促す。それから、まだ玄関先で立ち尽くしている、不機嫌な雰囲気の圭吾をみやった。 「ほらお前も。早く上がれ」  圭吾は少し肩を竦め、小首を傾げる。 「俺も良いの?」 「なに言ってんだ。俺のとこに来たんだろ?」  圭吾は一度瞬いてすぐに破顔した。その笑顔に些か安堵しながら、幸春は部屋へと上がっていた。部屋の前では、大樹が立ち尽くしている。  まるで借りてきた猫のような大樹に苦笑して、幸春は部屋の障子を開けた。  幸春が押入れの中から参考書を出している間に、圭吾が折り畳みのテーブルを出して中央に置いた。圭吾が座ると、大樹もようやくテーブルの前に腰を落とした。  幸春は大樹の前に参考書を置き、「麦茶持ってくる」そう告げて、部屋を出て台所に降りていった。  冷たい麦茶を三つ持って、零さないように階段をゆっくり上がっていく。その途中で話し声が聞こえたが、声を潜めているのか、話しているぐらいにしか認識できない。  あと三段というところで、話し声はぴたりと止んだ。障子を開けて中に入れば、圭吾は本棚を物色し、大樹は参考書をいくつか広げていた。
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