42人が本棚に入れています
本棚に追加
右耳が取れかかったうさぎのぬいぐるみ。母から与えられたおもちゃはそれだけだった。
うさぎの腕を掴んで、暗い部屋で立ち尽くした。
「だから子供なんていらなかったのよ」
吐き出されたような言葉は、そこに憎しみすら感じた。
縋りつくことも、傍に近寄ることすら許してはもらえなかった。突き飛ばされて泣き声を上げるたびに、深く嘆息して、母は何度も同じ言葉を繰り返す。
笑っていれば、せめて笑っていれば、貴女のその言葉を聞くことはないのだろうか。
「圭吾」
名前を呼んでくれる父も、抱きしめてはくれない。ひどく哀しそうな目をして、見つめてくるだけ。
「母さんは仕事で疲れてるんだ。お前はいい子だから、わかってくれるだろう?」
父はいつも、母の味方だから。頷けば、大きな手が頭を撫でてくれる。
「だから外で、母さんを悪く言っちゃダメだぞ?」
父に何度も頷いてみせる。噂が広がるたびに、母は責めるから。泣くから。
「僕はいつも笑ってるよ?」
いつでも笑ってる。もう泣くこともない。――それなのに。それなのに。
最初のコメントを投稿しよう!