泣いて泣いて泣いて

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「信じられねえ。マジで忘れてる」 「ごめんね? もう忘れないから教えて?」  女の子がするように小首を傾げて見せると、幸春は笑い声を上げて、「アホ」と軽い声で宣う。 「中学ん時にさ、お前、言ってただろ」  中学のとき。圭吾は幸春の手を握ったまま考え込む。  一人暮らしという解決方法を見出し、そのための資金を貯めようと決意したのは中学のときだった。  当時から両親は滅多に帰ってこず、ほとんど一人暮らしのようなものだったが、ふらりと戻ってくる彼らに怯えてもいた。  バイトを始めたとき、幸春には「独立資金」と説明した。  そこまで思い出して、「あ」と圭吾は声を上げる。――まさか。思い至った答えが信じられず、自分を見据えてくる幸春をまじまじと見つめる。 「……一緒に暮らそうって、本気で考えてくれてたの?」  また幸春の眉間が寄せられる。 「ユキちゃーん」  頬が緩んで、目頭が熱くなる。 「んだよ。俺は真剣に」 「うんうん。すっごい嬉しいい。――あ、やばい」  幸春の手を離して、慌てて顔を抑える。夢見が悪かったせいで涙腺が弱くなっているのか、開いていたノートを丸く濡らしてしまった。  頭に、幸春の手が触れる。「アホ」と言った声が相変わらず優しくて、圭吾は顔を抑えたまま笑う。 「まあその頃までに、圭吾に彼女でもできてれば別だけどな」 「俺はユキちゃんしかいらないよ。ユキちゃんさえいれば、他の誰もいらない」  きっと幸春は、驚いた表情をしているだろう。三度目に聞こえた「アホ」という声は、困惑した音を僅かに含んでいた。
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