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『--姉ちゃん、今日もピアノを聞かせてよ』
懐かしい風景がそこにはあった。
私を慕う少し年の離れた弟。
その手が私の返事を待つ間もなく、ピアノの置いてある部屋へ引っ張ろうとしている。
私は弟と今はもう歩く事の無い廊下を歩く。
私は知っている。
この温もり、私に向けられる笑顔、弟の声、全てが幻想だと……。
これは夢だと知っている。
もう帰って来る事の無い平穏な日常、そしてささやかな幸せ。
弟と一緒に歩く私を見ている私は、一体どんな表情をしているのだろうか?
分からない。
どうしてあの時、私はあの少年を見て微笑んだのだろうか?
分からない。
私は過去と名前を捨てた。にも関わらず、そんな感情がまだ残っていた事に驚きだ。
夢。
潰えた夢
私の夢。
私の夢は……。
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