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(side koizumi)
「ありがとうございました」
綺麗に巻かれた包帯を指先で撫でながら、僕は素直に礼を言う。
飲みたくて買っただろうペットボトルと何かしらの雑誌の入ったコンビニ袋は、そのままベッドの上に投げ出されている。
冷蔵庫や机の上といったようなあるべき場所ではなく、ただ無造作にそこにある。
…今の僕と同じように。
「悪かったな、無理やりに連れてきて」
整頓された救急箱にいろいろと片付けながら、彼はバツが悪そうに呟く。
先ほどの男らしい強引さは形を潜めたらしい。
それがまた僕の居心地の悪さに拍車をかける。
「いえ、わざわざ手当てをして頂き、本当にありがとうございました」
笑顔付きで何度目かの礼を言えば、彼の顔が苦々しく歪んだ。
後悔、しているのだろうか。
僕を部屋に入れたこと、強引に腕をとったことを。
もしくは、僕の心配などをしてしまった自身の優しさを。
後悔はして欲しくない。
優しさに甘えているのは、他でもない僕自身だから。
取られた腕は簡単とはいかないまでも振りほどけた。
そしてさし障りのない理由をつけてその場を立ち去ることくらい、容易に出来た。
でもそれをしなかったのは。
この偶然に心から感謝をしたから。
気まぐれに向けられる、彼の僕への優しさをめいっぱい受け取りたいと思ってしまったから。
後悔すべきは、彼ではなく僕。
「…長々とお邪魔してしまいましたね」
もうこのあたりが潮時だろうか。
彼のプライベートスペースに入る許可をもらう程度には好かれていると自信を持てただけで、充分な収穫。
しかめられる眉に少なからず毎回傷ついている僕の心まで、彼は手当てをしてくれた。
そう思えば、ここを立ち去る未練は断ち切れる。
「そんなことより、気をつけろよ」
「えぇ、充分に気をつけることにします」
玄関まで僕を誘導してくれる彼に頷いて笑いかければ、今度は呆れたように僅かに笑い返してくれた。
まるで後悔しないで、という祈りが通じたよう。
ほっと息をついたのは、彼に気付かれてはいないだろうか。
「また明日な」
「えぇ、また明日」
何事もなかったように僕たちは決まり文句で別れて、そしてドアの閉まる音を背中で聞く。
それからひとつ深呼吸をして、僕は足を踏み出した。
包帯を巻いてくれた彼の温もりはまだ右腕にしっかりと残っている。
end
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