それだけのこと

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朝比奈さんが着替えるから、とふたりで追い出されるこの時間は、僕にとってとても大切。 今日もまた、何をするでもなく横に並んでドアにもたれている。 ここは単なる廊下なのだから誰が通っても不思議はない。 もちろん、僕だってここでふたりきりなんて思わない。 けれど、SOS団と、それと機関にも所属している僕には、彼とふたりきりで過ごす時間なんて皆無に等しい。 だからこんなささやかなことが、本当に貴重。 顔を動かさずに視線だけで隣の様子を伺えば、彼もまたまっすぐに前を見ていた。 たぶん外を見ているのだろう。 窓の向こうに広がる、絵に描いたようなまっ白な雲の浮かぶきれいな青空を瞳に映している。 僕は、それに嫉妬する。 ただでさえ彼の目が僕に向けられることそのものが少ないというのに。 こうして疑似とはいえふたりきりでいるのに。 彼の意識が僕に向けられることは、ない。 そもそも、僕には嫉妬する権利すらないことくらいわかっている。 気持ちを伝えるという行為を放棄した僕には、彼に対して何をする力もない。 けれど。 彼のその視線の先にいたいと思うのは、愚かなことだろうか。 「あの…」 何かを言いたかったわけじゃない。 呼び掛ける必要があったわけでもない。 ただ、小さな僕の望みを叶えたかっただけ。 横顔を見つめて発したその言葉に、彼は初めて僕の存在に気付いたようにぱちりと瞬きをしてから、ゆっくりとこちらを向く。 交わって、重なる視線。
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