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「…っ」
あんなに求めたはずなのに。
いざあの瞳にまっすぐ射抜かれてしまえば、至福など到底感じられない。
あるのは、困惑と動揺。
自分を守る笑顔と言葉の鎧さえなくす。
僕は、無防備で丸裸の赤子だ。
「…、」
不意に彼の口が開かれた。
続くのは、何だ。もしくは、どうした。か。
何にしても、呼びかけたきり何も言わない僕への問いかけ。
それが発せられようとした刹那、
「キョン、古泉くん、もういいわよ」
部屋の中から明るい声が響いた。
僕は、はっと我に返る。
彼女の声は僕を現実へ引き戻す魔法。
どんなに甘い夢でも、また、天文学的な確率で実現することがあったとしても。
彼女の声と言葉で、僕は僕ではない誰かによって決められた僕の居場所へと引き戻される。
それだけ強大で、それだけ恐怖。
反射のように素早くドアを見てから肩を竦めた僕に、彼はまだ何か言いたそうにしていたが。
結局は何も言わずにドアを開けた。
僕はその後ろに続く。
たった、それだけのこと。
end
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