『滲んだ月』

2/10
前へ
/10ページ
次へ
  いつもと変わらない業務を終え、ロッカーから上着を取り出し事務服の上に着る。 着替える時間も、私服に費やすお金も惜しい。 慌ててスーパーに寄り買い物を済ませて帰宅。 5階建の棟が居並ぶ団地にぽつぽつと灯りが点りだす。   日が暮れるのが早くなり、薄暗く翳ったベランダから洗濯物を取り込み、洗い晒しのエプロンを着けながら浴室に向かい、ガスのスイッチを入れる。   キッチンに戻り、冷蔵庫にある自筆の在庫表を確かめながら、買ってきた食材を選び夕食の支度を始める。   ──緒方綾子、31才。 米を研ぎ炊飯器にセットし、手早く野菜を刻み、魚をおろし擂り身にし揚げ油に火を入れる。 天ぷらを煮浸しにし、お味噌汁に和え物も添え、糠床から胡瓜と大根を出した頃、玄関の鍵が開く音を聞いた。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加