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「死んでよバケモノ」
俺は耳に届いた吐き出せられたような言葉と鈍い音に、闇から意識を引き上げた。なんだ?背後を振り返ると仁王立ちした女が鬼のような形相で地面に突っ伏した子供を睨みあげている。さっきの鈍い音はどうやら女が子供を殴った時のものらしいと瞬時に理解した。
「死んで。今すぐ。このバケモノ」
女は容赦なく子供に続け様に平手打ちを浴びせた。ずいぶんと華奢な子供は―――俺より幾つか年下に見える―――ほとんど抵抗らしい抵抗はしていない。何故だ。痛みを感じ無い訳ではないだろうに。さすがに胸糞悪くなって来て眼を逸らそうとした。偶然だったと、思う。偶然に眼が合った。自分でも気付くことなく呼吸を止めていた。心臓の脈拍が通常の倍以上速い。ドクッ、ドクッと血管が音をたてて騒ぐ。なんなんだ。聴覚まで心音が聞こえるなんて。異常だ。煩い。煩いが不快じゃない。いや、そんなことは今はあまり重要なことではない。そんなことより。蒼穹が俺を射抜いた。馬鹿みたいに固まった俺を見て、そいつは嗤ったのだ。
その瞬間直感した。第六感ってヤツか。俺を分かってくれるのは、コイツだけだと。この時ほど居もしない神とやらに感謝したことは、後にも先にも無かったな。俺を映した瞳はいままで見たことの無いあおいろだった。深い、母なる海のあおに近い。美しい。
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