過去、未来の狭間で

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失うのが怖いから、出逢いたくなかった。それなのに、踏み込んで来たのはあっちだ。 でも求めていた。だから引き寄せられたのだ、火に近づく羽虫の様に。 いや、求めていたと思い込まされているだけだ。無理矢理侵された。 でも、それも錯覚だったかもしれない。錯覚でなかったと言い切れるか? その証拠は、彼自身だ。彼も苦しんでいる、私の中の残影を殺そうと必死。 このままでは、また不幸だ。 あぁそれでも、と彼女は瞳を閉じた。 私はこの人を愛しているし、この人に愛されているのだ。 世界は、時が来たら呆気なく、奪う。あれが微睡んでいる間だけ、甘い蜜を吸う事が許される。 貪らず慎ましやかに生きる事だって出来るけれど、少なくとも今は、穏やかに暮らす事など出来はしない。 溜め息と共に、少し身体が軽くなった気がした。彼が隣にいる。今は、許される時間を大切にしたい。 「どうしたの?満面の笑みだな。」 「何でもないよ。」 ペースを乱さず正確に、彼女の足は研究棟に戻ってきた。 「あ、この先は立ち入り禁止よ。」 「…そうか、この先にいるのか。奴(レシピエント)は。」 俊行は白い建物を睨み上げた。 「会いたい?」 「まさか!誰も自分のライバルと顔合わせたいもんか。」 「ライバルね…横取りしたのはそっちでしょうに。」 「好きになったから仕方ない。俺は葵がいまだに奴の傍にいるのが嫌だ。」 「だってそれが私の仕事…」 「その仕事を選んだのは萌香だろ?」 男の視線は鋭く女の目を捉えた。 「…彼を助けたかったから。」 女は目線を外した。 「切れない関係を作られるとは…俺だけを見ていて欲しかったのに。」 「欲しかった?」 「今でも欲しいに決まってるだろ!」 男は咄嗟に右手で女の顎を掴んだ。そのまま口付けされる。 漸く引き離された時、女は男の瞳に焼き殺されそうな心地さえした。 「悪いのは私ね…」 「そうだな。」 男は尚も視線で彼女を縛りながら頷いた。 「でも、愛している。」 「俊行…」 「葵は、どうなんだ?」 「…愛してるわ。」 彼は僅かに笑んで、彼女を抱き締める。 それに応え抱き返しながら女は、自分の言葉に全く嘘偽りが無い事を密かに嘆いた。 諸行無常、心さえもいつしか移ろいゆくものなれば… 強くなったのだ、と肯定的に受け止める以外、これから先彼と生きていく術は無いのかも知れない。 -fin-
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