―異形― 九歳の僕

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   …苛められているのではないか お稽古状況だけを見たらプロのスポーツと勘違いしてしまうほど厳しい叱責が飛ぶ。 能の理想である幽玄なんて微塵も感じられられない程に野蛮なくらい厳しい稽古風景。 日を追う毎に激しくなる稽古を傍らで見ているお弟子さんも流石に困惑しているのがわかった。 お稽古が厳しくなればなるほど僕の頭の中から迷いや不安が消えていった。 たとえ指が少し不自由でもお披露目さえ終われば 誰が何と言おうと僕は能界の一員となる。 人生ではじめて人に認められることになる。 逆に言えば 性別の変化が表れても もう後に引くことはできない。 この時はまだ 性別の変化よりも 能の中に[苫篠公彬]という存在を置くことの方が大切だった。   祖父や父が僕に厳しく当たる原因の一つ [お披露目に要するお金] 中途半端な僕に出すお金はないが どうしてもデビューは避けられない。 自分たちが敷いた道なのに矛盾しているよ。 連日 深夜にヒソヒソと交わされていた家族会議もある日を境にピタリと止んだ。 これは お披露目の時にわかったのだけど 大きなスポンサーが気前良く出してくれたらしい。
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