―異形―

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  「お前は!何度言ったらわかるんだ」 師範… この家では当主に当たる父が僕を叱る。 僕の家は鎌倉時代から続く伝統芸能を継承する流派の一つ 流派の一つといっても [宗家]と呼ばれる一番の大元ではなく 宗家の元に名を連ねる家柄だ。 それでも芸事の中では名門と呼ばれるには違いはなく僕は毎日稽古をしなくてはならない。 僕には兄がいて この家は兄が継ぐ。 跡継ぎが決まっていても男に生まれたからにはこの道で生きていかなくてはならない。 それが決まり。 だから 学校が終わって皆が遊ぶ時間も稽古。 冬休みや夏休みも稽古。 毎日毎日 師範である父が兄や僕、そしてお弟子さんたちをみる。 当家の僕たちがズルするのは恥ずかしいことだと教えられてきた。 そんな生活を何年も続けると当たり前の日常となる。遊べないのは当たり前。 そんな家に生まれたのだから仕方がない。 兄は 僕とは違い何でもすぐに自分のものにしていく。 優秀な兄がみんなに可愛がられている。 出来の悪い僕に、父は お弟子さんの前でも容赦なく叱責する。 「何でお前は兄のようにはできないのか」と。 きっと… 先代のお祖父ちゃん、お父さん、お弟子さん、出入りする囃子方さん(楽器を演奏する人)も含めみんな心の中ではこう思っているんだ  ―公彬が長男ではなくてよかった― それは決して才能の面だけでないことも知っている。 シテ方(踊り手)の家に生まれ、指の先 足の先まで神経を使い舞うこの芸事で… 右手の中指が欠落している僕は 役立たずとしかいいようがなかった。
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