第 一 夜 ~ 出逢い誘う桃の香 ~

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  「ふう……」 季節が夏とはいえ、夜を越えたばかりの水はとても冷たかったが、お蔭様で完全に眼が覚めた。 そして今度は詮を逆に捻り、お湯を出す。 ボイラーの音が壁から聞こえ、水が温まる間に作務衣を洗濯機に投入し、正面――鏡へと向き直る。 「む……」 そしてつい、顔をしかめてしまう。 俺こと【黒銀 暁】は、物心ついた頃から鏡が苦手だった。 いや。 寧ろ大嫌いと言ってもいい。 何故かは判らないし、鏡に映ると魂が持っていかれるーとか、何時何分に合わせ鏡に映ってはならないーとか、変な話を信じている訳でもない。 ただ漠然と。 偽物の自分を映す鏡が、大嫌いなのだ。 「……いや、なにやってんだよ」 頭を振る。 今は鏡と睨めっこをしている場合ではない。 早く朝飯を済まさないと遅刻してしまう。 「……まずい、それは戴けない」 今日は一学期の終業式だ。 生徒会役員の自分としては、尚更遅れる訳には行かない。  
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