第 一 夜 ~ 出逢い誘う桃の香 ~

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  「戴きます」 それ以降の言葉はない。 独り言もない無言の食卓。 一応テレビはあるにはあるが――――おそらく、俺はテレビすら無意識に"映る物"と認識しているのだろう。 その証拠か、テレビには布がかけてあり、小さな鉢入りサボテンが乗っかっている。 それはまるで「この機械に触るな」、とでも言うかのように、身体全体で刺々しく周りを拒絶している。 「――あ、御馳走様だ」 そうやってサボテンを見つめているうちに、いつの間にか朝飯を平らげてしまう。 所要時間は約五分程度。 ポテトサラダはさて置き、炒飯はこう、がばっと食べられるのが美徳と言えよう。 食器を重ねて立ち上がり、今度こそエプロンを着用して、皿を洗う。 蛇口から出る水は、早朝の為かやはり冷たかった。 「――む?」 ……いや。 これは流石に、冷た過ぎるような気がする。 先程の洗面所の比ではない。 なにせ、皿と泡立つスポンジを持つ手は赤らみ、かじかむのを感じる程だ。  
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