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* * *
「神菜?」
暗がりの中で、目の前に揺れるロウソクの光をぼんやりと眺めていた神菜は、不意に自分の名前を呼ばれ、その声の主を振り返った。
彼女の視線の先にあるのは、廊下に灯った蛍光灯の明かりに浮かび上がる、スーツを着た男性の姿。
「何やってんだよ。電気も点けないで……」
「要……今日は来ないと思ってたのに……」
呆れた口調で言い、部屋の灯りを点ける彼――片山要の視線から逃げるように、神菜は再び目の前にあるロウソクの灯ったケーキとにらめっこを始めた。
「……明日休みなのに来ちゃいけないのかよ。にしてもデカいケーキだな。また売れ残り買ってきたのか? 社員は安く買えて得だよな」
神菜の後ろにあるソファに腰を下ろし、ネクタイを緩めながらその背中に向かって鼻で笑うように言う要。
「そうよ。でも別に、どんなケーキでも良いじゃない。どうせ「誰もお祝いしてくれない」私の誕生日なんだし。要も忘れてたんでしょ?」
要の方を振り向こうともせず、拗ねたように頬を膨らませた神菜は、ケーキの上で徐々にその身を縮めているロウソクに向かい息を吹きかけた。
神菜の目に映っていた炎達は彼女の吐く吐息に儚く揺らめいて、一つ……また一つと消えていく。
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